
需要予測AIとは、過去の出荷や受注の実績データから、将来の需要量を機械学習で予測し、在庫や生産計画の見直しに使う仕組みです。効果を左右するのは、予測の精度だけではありません。予測を生産計画に反映し、計画と実績の差を見て見直す運用まで含めて設計できるかが分かれ目です。
キッコーマン食品は2025年4月、時系列モデルで過去の出荷データから将来の出荷量を予測し、在庫を補充する生産計画を自動で立案する「Naries」の運用を始めました。サッポロビールは2023年7月に「AI需要予測システム」の本格運用を始め、約40アイテムの検証で、人だけの予測より精度が約20%上昇したと報じられています(比較の条件は報道ごとに表現が分かれています)。一方、中小企業基盤整備機構の調査(2026年3月)では、AIを導入済みの中小企業のうち、需要予測AIを使っているのは8.1%でした。
「欠品を恐れて在庫を積むと過剰在庫が増え、絞ると欠品する」「生産計画が担当者の経験頼みで、その人が異動すると回らない」。そう感じている経営者や生産管理の責任者は少なくありません。
この記事では、需要予測AIとは何か、在庫と生産計画にどう活かされているか、公表されている2つの実例、予測精度の指標(MAPE・WAPE)の読み方、向く工場と効果が出にくい工場、導入前に確認する5つのことを、企業の公式発表と公的な調査をもとに整理します。
目次
需要予測AIとは何か?従来の予測と何が違うのか
需要予測とは、将来どの製品がどれだけ売れる(出荷される)かを見積もる業務です。生産計画や在庫の量は、この見積もりを起点に決まります。
従来は、担当者が経験と実績をもとに予測してきました。サッポロビールの例では、サプライチェーンの担当者が、例年の実績、直近の出荷実績、販促施策の状況などさまざまな要素を汲み取って、約4か月先の需要を予測していました(日鉄ソリューションズのプレスリリース、2023年6月29日)。この業務は担当者の経験に依存する場面が多く、属人化しやすい、担当者が固定化する、技能伝承に課題がある、という問題があったと説明されています。
需要予測AIは、過去の実績データからモデルが将来の量を予測します。キッコーマン食品の「Naries」は、時系列モデルを使って、過去の出荷データから将来の出荷量を自動で予測します。
| 項目 | 経験ベースの予測 | 需要予測AI | 人とAIの協働 |
|---|---|---|---|
| 予測の作り方 | 担当者が、実績・直近の出荷・販促の状況を見て判断 | 過去の実績データから、モデルが将来の量を予測 | AIの予測を人が確認・調整して使う |
| 強み | 現場の事情や販促の意図を織り込める | 品目数が多くても同じ手順で予測できる | 人の知見とAIの計算を組み合わせられる |
| 課題 | 属人化しやすい。担当者が固定化する | 実績データの質と量に左右される。運用の設計が必要 | 役割分担と、上書きのルールを決める必要がある |
サッポロビールは、AIと人が協働して需要予測を行う形にしています。表の強みと課題は、企業の発表内容をもとにZIDAIが整理したものです。
需要予測が主な対象にするのは、需要を見込んで生産し、在庫を持って出荷する「見込生産」の品目です。受注を受けてから作る「受注生産」の品目では、製品の在庫を持たないため、予測の対象は主に部材の手配や生産能力の準備になります。この違いは、ZIDAIの整理です。
需要予測AIは、在庫と生産計画にどう活かされるのか?4つの使い方
公表されている事例から、需要予測AIの使い方は4つに整理できます。
| 使い方 | 何をするか | 公表されている例 |
|---|---|---|
| 1. 出荷量を予測する | 過去の実績から、将来の出荷量を自動で予測する | キッコーマン食品「Naries」(時系列モデルで将来の出荷量を予測) |
| 2. 生産計画を立てる | 予測をもとに、在庫を補充する生産計画を立てる | キッコーマン食品「Naries」(生産計画を自動で立案) |
| 3. 計画と実績の差を見張る | 差を日々監視し、欠品・過剰在庫の予兆を知らせる | キッコーマン食品「Naries」(将来の欠品・過剰在庫を予知してアラート) |
| 4. 予測のノウハウを形にする | 属人化した予測の知見を、人とAIが共有できる形にする | サッポロビール(予測ノウハウを形式知化し、AIと人が協働) |

見落とされやすいのは、3番目の使い方です。予測は外れることが前提で、外れたときに気づいて計画を直せる仕組みがあるかどうかで、在庫の状態が変わります。キッコーマン食品は、立てた計画と実績の差を日々監視し、将来の欠品や過剰在庫を予知してアラートを出し、生産計画を見直すところまでをシステムに組み込みました。
実例1:キッコーマン食品は、出荷予測から生産計画までを自動化した
キッコーマン食品は2025年4月7日、需給調整システム「Naries」(ナリエス)の運用開始を発表しました(キッコーマンのニュースリリース)。株式会社Mt.SQUAREの支援を受けて開発したシステムです。

何をするシステムか
一部の商品について、時系列モデルを使って、過去の出荷データから将来の出荷量を自動で予測します。その後、在庫を補充する生産計画を自動で立案します。一度立てた計画と実績の差を日々監視し、将来の欠品や過剰在庫を予知してアラートを出し、生産計画を見直すアクションにつなげます。
導入の背景と経緯
従来、需給調整や日々の監視は人が行っていました。自動化することで、業務負荷の軽減に加え、力量の差に起因する属人化やヒューマンエラーのない需給調整が可能になるとしています。背景には、ドライバー不足や物流2024年問題、物流費の高騰があります。
2024年1月にシステム構築のプロジェクトを始め、2025年1月にテスト運用を行い、実際の出荷量の予測と生産計画の立案で運用できることを確認して、4月に運用を開始しました。
公表されていないこと
リリースには、在庫削減の割合や、予測精度の数値は書かれていません。「一部商品」が対象で、全商品に広げたかどうかも記載されていません。数字で効果を確かめたい場合は、この事例だけで判断しないでください。
実例2:サッポロビールは、属人化しやすい予測を人とAIの協働に変えた
サッポロビールは、ビールやRTD(開封してすぐに飲める缶アルコール飲料)の製造出荷で、「AI需要予測システム」を2023年7月1日から本格的な業務利用に移しました。日鉄ソリューションズが導入を支援し、機械学習プラットフォームの「DataRobot」を使って、約6か月でシステムを立ち上げたと発表されています(日鉄ソリューションズのプレスリリース)。

何のために導入したか
背景は属人化です。約4か月先の需要を担当者の経験に頼って予測しており、担当者の固定化や技能伝承に課題がありました。既存の業務にAIを取り入れることで、これまでの予測ノウハウを形式知にし、データにもとづく判断で業務を高度化することを目指しました。
検証の結果
IT Leadersの報道(サッポロビール、アルコール飲料の出荷量をAIで予測するシステムを稼働)によると、2022年10月にデータ分析とAIモデルの作成に着手し、2023年3月までの6か月間で、ビールやRTDの限定品などを中心に約40アイテムで機能を検証しました。検証を始めた当初のAIの予測精度は人に及ばなかったものの、学習を重ねて、検証終了時点では人だけの予測より精度が約20%上昇したと説明されています。「AIと人のタッグで予測精度20%向上」と見出しにした報道もあり、AI単独の数字なのか、人とAIが協働した数字なのかは、確認できていません。
この事例を読むときの注意
注意点は2つあります。1つ目は、精度の指標(何を何で割った数字か)と、比較の条件が確認できていないことです。2つ目は、検証の対象が限定品を中心にした約40アイテムで、すべての品目の結果ではないことです。

「予測精度」はどう見る?MAPE・WAPEと数字の読み方
需要予測の精度は、指標によって見え方が変わります。代表的な指標は3つです。野村総合研究所の用語解説(モデル評価指標)から、定義と特徴を整理します。
| 指標 | 定義 | 特徴・注意点 |
|---|---|---|
| MAE(平均絶対誤差) | 誤差の絶対値を平均したもの | 計算が分かりやすいが、小さな値の誤差が見えにくい |
| MAPE(平均絶対パーセント誤差) | 誤差の絶対値÷実際の値を平均したもの | 計算が分かりやすいが、小さな値の誤差に影響されやすい |
| WAPE(加重絶対パーセント誤差) | 誤差の絶対値÷実際の値を、実際の値で重み付けして平均したもの | 重み付けにより、MAEとMAPEの欠点を補う |
違いは、品目が2つある簡単な例で確かめられます。売れ筋のAは実績1,000に対して予測900(誤差100)、少量品のBは実績10に対して予測20(誤差10)とします。MAPEは、誤差率10%と100%の平均で55%です。WAPEは、誤差の合計110を実績の合計1,010で割った約10.9%です。数量が少ないBの外れが、MAPEでは大きく効き、WAPEではほとんど効きません。

この計算例はZIDAIが作った仮の数字で、実際の事例ではありません。事例の「精度○%」を見るときは、次の3つを確認します。
- どの指標で測った数字か(MAPE、WAPEなど)
- 何と比べた数字か(人の予測、従来の統計手法など)
- どの品目・どの期間が対象か(限定品だけか、全品目か)
需要予測AIが向く工場、効果が出にくい工場
需要予測AIの効果は、工場の生産方式とデータの状態で変わります。次の整理はZIDAIの見方で、公的な統計で裏づけられた基準ではありません。
| 観点 | 向く工場 | 効果が出にくい工場 |
|---|---|---|
| 生産方式 | 需要を見込んで生産し、在庫を持って出荷する(見込生産) | 受注してから作る(受注生産)が中心 |
| 品目数 | 品目が多く、担当者が手で予測しきれない | 品目が少なく、担当者の予測で足りている |
| 実績データ | 出荷・受注の実績が、品目別・期間別にそろっている | 実績が紙や個人のファイルに分散している |
| 予測の担当 | 担当者が固定化し、経験が属人化している | すでに予測のルールが共有されている |
| 運用 | 予測を生産計画に反映し、差を見直す体制がある | 予測を出しても、計画に使う仕組みがない |
新製品や、実績が短い品目は、学習に使える履歴が少なく、予測が難しくなります。この点も一般的な見方であり、必ずしもAIで対応できないとは限りません。
導入前に確認する5つのこと
導入前に、次の5つを確認します。5つの確認事項は、公表事例をもとにしたZIDAIの整理です。
| 確認すること | 具体的には |
|---|---|
| 1. 何を、どの単位で予測するか | 品目、拠点、期間(日・週・月)をどう切るか。生産計画で使う単位にそろえる |
| 2. 過去データがそろっているか | 出荷・受注の実績が、品目別・期間別に取れているか。欠けや表記のゆれがないか |
| 3. 予測を計画にどうつなぐか | 予測を誰が確認し、生産計画に反映するか。人が上書きするルールはあるか |
| 4. 精度の測り方と基準 | どの指標で、どの品目を対象に測るか。欠品と過剰在庫の、どちらを避けたいか |
| 5. 担当者の知見をどう取り込むか | 販促や季節要因など、担当者が持つ情報をどう共有するか |
AIの導入全体の進め方は、生成AI導入は何から始めるべきか?経営者の最初の90日でやること7つで解説しています。
まとめ
需要予測AIは、過去の実績から将来の需要を予測し、在庫と生産計画の見直しに使う仕組みです。キッコーマン食品は、予測から生産計画の立案、計画と実績の差の監視までをつなげました。サッポロビールは、属人化しやすかった予測を、人とAIの協働に変えました。
進めるときの要点は3つです。予測の精度を、指標と対象品目を確認して読むこと、予測を生産計画に反映する運用まで設計すること、過去の実績データを品目別・期間別にそろえることです。在庫削減の数字は、公表事例では確認できないものも多いため、自社のデータで試して確かめます。
「自社のどの品目・どの計画から需要予測AIを試せるか」を、生産計画を含む業務の一覧から整理したい場合は、ZIDAIのAIアセスメントで、業務の一覧から削減時間と金額の試算、最初の90日の計画までを1冊のレポートにまとめています(10万円・税別、従業員50名以上の企業が対象)。まずは、直近1年分の出荷実績を、品目別・月別に並べてみるところから始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 需要予測AIとは何ですか?
過去の出荷や受注の実績データから、将来の需要量を機械学習で予測し、在庫や生産計画の見直しに使う仕組みです。キッコーマン食品の「Naries」は、時系列モデルで過去の出荷データから将来の出荷量を予測し、在庫を補充する生産計画を自動で立案します。
Q2. 需要予測AIを入れると、在庫はどのくらい減りますか?
一律の数字はありません。キッコーマン食品のリリースには在庫削減の割合が書かれておらず、サッポロビールの事例で報じられているのは予測精度の上昇(約20%)で、在庫の削減率ではありません。効果は、在庫の持ち方、予測の使い方、対象品目で変わります。まず自社の実績データで、予測と実績の差を確かめるのが確実です。
Q3. どんなデータが必要ですか?
基本は、過去の出荷や受注の実績です。キッコーマン食品は過去の出荷データから将来の出荷量を予測しており、サッポロビールでは、担当者が例年の実績、直近の出荷実績、販促施策の状況などを見て予測していました。品目別・期間別に、欠けなく取れていることが出発点です。
Q4. 予測精度はどれくらい必要ですか?
一律の基準はありません。欠品を避けたいのか、過剰在庫を避けたいのかで、必要な水準は変わります。指標もMAPE、WAPEなどで見え方が変わるため、「何を、どの指標で、どの品目に対して」測った数字かを合わせて決めます。
Q5. Excelで予測している段階から始められますか?
始められます。AIを入れる前に、担当者の予測と実績の差(誤差)を、品目別・月別に記録するところから始めるのが現実的です。この記録が、AIの精度を確かめる比較の基準になります。
Q6. 中小製造業でも使えますか?
使えますが、導入している企業は多くありません。中小企業基盤整備機構の調査(2026年3月)では、AIを導入済みの中小企業(n=322)のうち、需要予測AIを使っているのは8.1%でした。実績データが品目別・期間別にそろっているか、予測を生産計画に使う運用があるかを、先に確認してください。
